1986
昭和61年6月(1986年)
「ショー」から「カーニバル」へ
結婚披露宴は、昔は単なるセレモニーでした。単に酒食を提供していればよかったんです。それを玉姫殿はショーに変えたんです。私たちは「披露宴を売れ」と呼びかけてきました。空中からゴンドラで新郎新婦が登場するといったような方法も私たちが考え出しました。
しかし、これからは、披露宴もショーからカーニバルの時代だ、と思っています。カラオケの普及で、若い人たちはマイクを握ることをなんとも思わないようになってきています。踊りも抵抗がない。結婚するのは若い人が圧倒的に多いのですから、これをどう披露宴に取り込むか、が課題です。
いま考えているのは、新郎新婦を会場の中央に置いて、その周りでディスコ形式の披露宴をやる、という構想です。もちろん主賓というようなものはなくなっていくでしょう。仲人をなくすのは無理かも知れませんが。
玉姫殿の創業は昭和三十八年です。私の父親が京都で「玉姫酢」という酢の醸造業をやってまして、そのうち冠婚葬祭の互助組織を三十五年につくったんです。専門の結婚式場をつくる段になって、家業の酢の名前をもらったわけです。
現在、玉姫殿グループは全国に十三の互助会社、七十の式場を持っています。関西が中心ですが、東京周辺にもありますし、広島にも三月にオープンしました。年内に式場としては八十を超えるはずです。互助会組織ですから、月三千円の掛け金を払えば、会員は会館使用料が無料になるというのも大きく伸びた理由でしょう。
玉姫殿グループもこれからは一丸となっていく方向を模索していきます。そしてグループとしてのまとまりをつけ、全国どこでも同じサービスができるようにしたい、と思っています。
齋藤眞一